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第5回 『DNA鑑定』『バイオレメディエーション』
前回は、これから私たちの生活に関わってくるであろうバイオテクノロジーの応用について説明しました。バイオテクノロジーが新しい医療の方法を拓き、今後の全地球的な食糧危機に対応する有効な手段になりうることがおわかりいただけたと思います。今回(最終回)では、もう少し広く、また突っ込んだ範囲からバイオテクノロジーが未来にできることを考えてみましょう。
『DNA鑑定』
『遺伝子治療』の項で、その特徴が個人個人のDNAの塩基配列の違いに基づいて行われる点にあることを説明しましたが、これは、ヒトとしての遺伝子は同じでも塩基配列は個人個人によって違うということでもあるわけです。それは、個人を特定する場合に有効な手段と成りえます。その人のDNAがわかれば、その人を特定することができる…この特徴を利用して個人の特定をするために、特定のDNAを分析することが『DNA鑑定』です。どの細胞からでも(髪の毛1本からでも)鑑定はでき、数百万人に一人の個人を特定できるという精度を持っています。1992年からは日本でも犯罪捜査の手段として法的にも認められ、指紋などとともに犯罪捜査の有力な証拠となっています。また、親子関係を証明する際などに用いられる場合もあります。
『バイオレメディエーション』
私たちが生きていく21世紀には、食糧問題以外にもたくさんの課題があります。その大きな課題のひとつが環境問題でしょう。近年、さまざまな公害や汚染、環境ホルモンや地球温暖化など、今までの人類の歴史の中で生じえなかった新たな問題が生まれています。そうした問題の解決にもバイオテクノロジーが一役かうことができるのです。
深刻な環境問題のひとつに挙げられているのが、土壌や地下水の水質汚染です。ダイオキシンをはじめとする、これらの問題は20世紀の産業の発達が残してしまった課題です。産業廃棄物建設現場や工場地帯の川から有害物質が発見されたり、日本以外の先進国にも広がっている問題です。
『バイオレミディエーション』は、微生物を利用して環境を浄化する技術です。汚染した地下水の層にいる微生物を活性化させて汚染物質を分解する方法などがあり、地下水汚染の半分を占める揮発性有機化合物や石油系の化学物質の浄化に適し、重油などで汚染された地域の土壌浄化や地下水の浄化に使われています。土壌汚染や地下水汚染が進む米国で開発され、大きな効果が期待される技術です。
『バイオセンサー』
『環境ホルモン』という言葉を聞いたことがあると思います。生体内に入ると、本来その生体内が営む正常なホルモンの作用に悪影響を与えるホルモンのことです。女性ホルモンの働きをする環境ホルモンがオスの体内に入り、もともとはメスだけが作る蛋白質を作るようになり、オスの生殖能力を低下させたりするという事態(『メス化する自然』)が起きます。環境ホルモンは、本来ある正常なホルモンのふりをして正常なホルモンの機能を混乱させ、世代を超えて超長期的影響をもたらせ、環境中では分解されにくく体内に蓄積されやすいという実に厄介な性質をもつものです。その種類はダイオキシンやPCB、有機スズ化合物など70〜80種類もあるとされていますが、実態もまだ把握しきれていないというのが状況です。
この環境ホルモンの調査にバイオテクノロジーを用いた化学物質の検出が利用されつつあります。『バイオセンサー』は生体の持つ各種の機能を利用して微量物質を検出するための装置です。酵素や微生物、抗体が特定の化学物質と反応する性質を利用して化学物質を判定します。測定できる化学物質は、ブドウ糖、ショ糖、アンモニア、血液、アルコール、アミノ酸、蛋白質をはじめ多種にわたっており、各種毒物やホルモン、農薬、環境汚染物質などもその対象となっているのです。これまでは主に、医療の分野で各種の測定値を調べたり、臓器機能診断に使われてきましたが、これからは環境ホルモン物質を測定する手段として国際的に大きな期待が寄せられています。さらに、化学物質ばかりでなく、このところ中毒事件の多い0-157や黄色ブドウ球菌などを測定する用途も可能です。厄介な環境ホルモンや食中毒への対策が『バイオセンサー』から開かれるかも知れません。
『バイオエネルギー』
地球温暖化も世界的な対策が必要な環境問題のひとつです。1997年の京都会議で、その原因となる二酸化炭素やメタンなどの排出ガスの削減を各国が定めました。二酸化炭素の削減方法のひとつとして、化石燃料(石油・石炭)から風力・太陽光などの再生ができるクリーンなエネルギーへの転換が注目されています。その中で期待されるクリーンなエネルギーのひとつに『バイオエネルギー』が挙げられます。これは、排水や生ゴミの処理システムからメタンなどを取りだして発電に利用したり、有機性廃棄物や余剰生産物を利用してエネルギーを供給するものです。今後、米国をはじめ世界各国がバイオエネルギーの使用量を増やしていくことでしょう。
また、地球温暖化対策のひとつとして、森林による二酸化炭素の吸収という手段があります。木材資源を確保するために行われてきたこれまでの植林事業も、このところ環境対策として、二酸化炭素を適切に吸収するために植林をするという流れに変わってきました。そうした植林事業にもバイオテクノロジーが応用されてきています。過酷な環境に強いバイオ樹木の開発、熱帯への植樹や緑化事業などが米国や日本で進んでいます。根から分泌される物質を利用して根の微生物を活性化させ化学物質を分解させる、雨水の地下水浸透を防ぐ、など植物には多くのパワーがあります。樹木が持つそうした性質と相まって、経済的でもあり、安全性や生態系への影響という点もクリアしやすいという点からもバイオ樹木の植林は増えていくでしょう。
『バイオインフォマティクス』
日本が、いや世界中が抱えるたくさんの問題に対する解決の切り札としてのバイオテクノロジーの重要性がおわかりいただけたかと思います。医学から生命科学が生まれ、分子生物学が生まれ、それらが進歩してバイオテクノロジーが生まれたように、バイオテクノロジーの世界はこれからも分化・進歩をとげていくであろうことが予想されます。
例えば、ヒトゲノムの解析が終わっても、遺伝子の機能やその機能を果たす部位がそれぞれどこにあるのか…そもそもヒトゲノムにはいったいいくつの遺伝子があるのかということもまだわかっていません。
DNAの塩基配列のデータ郡の中からこうした解明を行うには、コンピュータの力を借りることが不可欠です。そればかりでなく、ゲノム解析やバイオテクノロジーをさらに進歩させるためにも、ゲノム解析などから得られるデータの蓄積、整理、検索、利用などはコンピュータなしでは成しえない作業です。何しろヒトゲノムは人類がこれまで得た最大のデータとされるものなのですから。
『バイオインフォマティクス=生物情報科学』という新しい分野が生まれています。塩基配列から蛋白質の構造、さまざまな遺伝子地図や各種文献の情報など、あらゆる生物情報の構築や統合を行うものです。バイオテクノロジーと『IT』の合体といってもいいでしょう。バイオテクノロジーがIT分野の技術と融合することで、また新しいバイオの道が拓けるということです。
ヒトゲノムのひととおりの解析完了を受けて、2005年には遺伝子の位置がどの染色体のどの位置にあるか、遺伝子のマッピングが可能になると予測されています。2010年前後にはヒトゲノムプロジェクトは完了するでしょう。この10年は、医学・化学の世界では革命的な10年となることでしょう。そして、バイオテクノロジーにとって、その後は新しい課題がスタートします。解析が完了したゲノムを現実のものとして、どう人類のために、地球環境のために応用していくかという問題です。バイオテクノロジーは技術の世界です。しかし、バイオ=生命を対象とする以上、技術=テクノロジーのことだけを考えていれば良いわけではありません。バイオに携わる者、研究者、技術者、専門家はより広い視野に立って生命倫理のこと、地球環境のことを理解していなければならないし、バイオと直接関わる立場にない人たちも、遺伝子組み換えなどについて大いに関心と意見を持つことが大切です。ヒトゲノム解析を初めとする『バイオテクノロジーの今』はそれだけ人類にとって大きな意味のある時なのですから。
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