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1.錬金術師の夢
2.まるめて持てるテレビ
3.紙のような電池
4.プラスチックの電子回路
5.試験管のかわりにコンピュータを手にした錬金術師たち
6.融合するナノテクノロジー
筆者:歌田 明広

1.『DNA』、『遺伝子』
2.『ゲノム』
3.『クローン』
4.『遺伝子治療』『遺伝子組み換え食品』…バイオテクノロジーで何ができるか。
5. 『DNA鑑定』『バイオレメディエーション』
筆者:富永 智紀



『情報工学から情報化学へ--情報機器の小型化をもたらすもの』歌田明弘

『錬金術師の夢』
錬金術師 David Teniers (1610-1690)
 化学の歴史をさかのぼっていくと、そこには、鉛などのありふれた金属を黄金に変えようとした錬金術師の姿が現われます。錬金術Alchemyはアラビア語源と考えられていますが、冠詞alを除いたchemyはchemistryに通 じるわけで、錬金術と化学は太い絆で結ばれています。
 錬金術師たちは、万物の秘密を手に入れることで富を得ようとするばかりか、不老長寿の方法を手に入れようとしました。たとえば、13世紀のイギリスの科学者ロジャー・ベーコンは錬金術の著作をものしていますが、彼は、王水に溶けた金が生命の秘薬であると考えました。
 錬金術師には、黄金や不老長寿への夢があったことはもちろんですが、彼らをたんに欲に憑かれた人々と考えるのはまちがっています。現世的な欲の一方で、彼らをつき動かした情熱のうらには、自然界の秘密を知り、そして、自分たちの手で自然界から新たな存在物を生み出せるのではないか、そうした知的探求心があったのです。
 古代から中世、ルネサンスまで、地域的にも古代ヨーロッパからアラビア、中国まで広範な地域に現われた錬金術師たちはいずれもそうしたことを信じ、実験道具を手に、研究に明け暮れました。しかし、残念ながら、黄金はついにできませんでした。
 現代では途方もないもののように思われる錬金術師の夢ですが、価値のない金属を黄金のように富の源になる金属に変えることはほんとうにできないのでしょうか。万物の秘密に迫り、人間の寿命を延ばす薬はほんとうにできないのでしょうか。
 「それはできるのだ」――これから順を追ってそのことをたどっていきますが、20世紀末の化学の進展は、われわれをどんどんそうした答えに近づけています。

ありふれた物質の大発見
   昨年、白川英樹筑波大学名誉教授がノーベル化学賞を受賞して大きな話題になりました。白川博士の研究も、万物の秘密に迫り、プラスチックというありふれた存在から大きな可能性を見いだすものでした。
 白川博士が興味を持ったのは、プラスチックの一種であるポリアセチレンです。ポリアセチレンは、1958年にイタリア人のナッタ教授が合成して作り出した素材ですが、熱を加えても溶けない粉末で、研究者にとってとても扱いにくいものでした。正確な分子構造を知ることさえむずかしく、研究をはじめたものの、結局はあきらめてしまった人もたくさんいました。ほかのプラスチックのように、さまざまな商品になる材料にはとてもならないと思われたのです。
 しかし、ブレークスルーが起こりました。留学生が誤って大量の触媒を加えたところ膜ができて‥‥という逸話はすっかり有名になったので、白川博士のノーベル賞受賞のニュースに関心を持たれた方は耳にしたことがあるでしょう。
 膜ができたといっても、試験管のなかにぶよぶよ浮いているだけのもので、白川博士は、「ボロぞうきんのようだった」と話されています。これに電気が通 る、などということをいったい誰が思いつくでしょうか。あっさり捨ててしまえば、プラスチックに電気が通 るという大発見はありませんでした。
 初めて膜ができたこの事件が起こったのは1967年のことですが、導電性プラスチックの論文が発表されるまでにはさらに10年を要します。

物質が答えてくれる意外性
 
左から白川博士、ヒーガー教授、マクダイアミッド教授
 1970年代半ばに来日したペンシルヴァニア大学のマクダイアミッド教授は、ポリアセチレンの膜を見て驚き、白川博士をアメリカに招きます。物理学者のヒーガー教授を加えて3人で共同研究を進めたところ、ポリアセチレンに臭素を加えると、電気伝導度が飛躍的にあがることがわかりました。プラスチックは電気を通 さず絶縁体として使われているぐらいなのに、混ぜものをしただけでその性質が変わるとは。怪我をしたときにつける薬ヨードチンキに含まれている成分であるヨウ素を加えると、電気伝導度が12桁あがることなどもわかってきました。
 白川博士をマクダイアミッド教授に紹介した山本明夫東京工業大学名誉教授は、化学のおもしろさについて、「物質が答えてくれる意外性」をあげられています。プラスチックに電気が通 るという発見は、まさに物質が答えてくれた例でしょう。古代から近代の曙まで、多くの錬金術師たちが、黄金ができないにもかかわらず実験を続けてきたのは、そうしたおもしろさがあったからこそです。
 ポリアセチレンというのは、炭素と水素が組み合わさってできたごく簡単な分子構造の物質ですが、混ぜもの(ドーピング)をすることによって、電子が自由に動けるようになります。炭素も水素も非金属に分類される元素ですが、金属と同じように電気を流すようになるのです。プラスチックですから、金属に比べて軽く、また形を変えることも容易です。また、プラスチックに電気を流すと光を発することもわかってきて、さらに用途が広がりました。プラスチックが電気と光の2つの世界の架け橋の役割をになうわけです。

現代の「黄金」
   ポリアセチレンが電気を通すことを突破口に開けてきた導電性プラスチックの研究ですが、なぜこれが錬金術師の黄金の夢にも匹敵する発見なのでしょうか。
 フロントページで触れた情報技術の例で考えてみましょう。
 情報機器はどんどん小型化してきましたが、その小型化も限界に近づいています。いくら技術を発展させても、もう同じ材料ではこれ以上のブレークスルーはむずかしい。そうしたときに必要なのは、新しい材料です。プラスチックというのは、まさにそういう材料でした。しかも、電気を通 すこの新しい材料は多方面で役に立ちます。
 黄金は手に入れるのがむずかしく、また重たい金属で、それゆえに価値がありましたが、現代の黄金は、その意味ではまったく逆です。変形するのが楽で、軽く、きわめて安価に手に入れられるものでありながらいろいろな用途に役に立つ。有限の資源である金属とちがって、プラスチックは合成できるので、いくらでも生産可能です。これから見ていくように、導電性プラスチックは、ディスプレイから電池、さらにはコンピュータの心臓部を構成する集積回路(IC)まで技術革新を呼び起こします。
 白川博士はかつて導電性プラスチックの研究を「現代の錬金術」と呼んだことがありますが、プラスチックはまさしく現代の錬金術師が夢見る物質です。軽く小さく安くということが過酷なまでに求められる情報技術における「黄金」とはこうしたものでしょう。